記念切符

頸城鉄道廃止

 昭和43年9月22日発行。新潟県を走る軽便鉄道でしたが、同年9月30日に路線の両端(新黒井~百間町、飯室~浦川原)を廃止。国鉄信越本線と接していた新黒井を廃止したことにより、後に「時刻表」から消滅するという逸話があります。結局、昭和46年には残りの路線も廃止されてしまいました。ちなみにこの路線で走っていたSLが、西武山口線で再度活躍したのが懐かしい思い出です^^。

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頸城鉄道廃止」への8件のフィードバック

  1. のどかな感じの山の中をゆっくり走る様子がいいですね*^^*
    この頃はスピードが速い電車があちこりで走っていますが
    こうやってゆっくり景色見ながらの旅も、なんだか趣がありますよね^^

  2. rohhiさんとかぶっちゃいますが
    本当にのどかな景色の中をゆったりと、という雰囲気が
    良いですね。解放感に浸れそうです。

    • 自家用車が普及してしまい、人や物を運ぶ手段が変化してしまいました。不便な時代であったからこそ生き残っていた路線たちですが、こういう原風景を大切にしたいですよね^^。

  3. mai の発言:

    こんなところを走るなんて、気持ちいいだろうな~と思ったら、もう走っていないんですね(T_T)

    なぜかトロッコ電車に乗りたくなってきました。(暖かくなったらですけどネ)

    • 嵯峨野には観光用のトロッコ列車がありますよね。元々の山陰線の線路を活用しての鉄道ですが、残す道があったのは幸せかもしれません^^。

  4. 新潟の頚城・・・・
    まんぞうのご先祖様のルーツらしい・・・・
    頚城・・・・この地名を聞くたびに
    「私のご先祖様が、ここから・・・・♪」って思います

    100年後、200年後、
    もちろん私を知っている人はいませんが
    私と同じに「ご先祖様の出発点は群馬だったのかぁ」などと
    思ってもらえたら嬉しいなぁ♪

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